2022年9月14日水曜日

種々の異言 12

異言について知るべき事


1. 神は預言者イザヤを通して異言を預言された

神はイザヤを通して異言について預言しましたが、これはそれが起こる約 800 年前の事です。神がその事を決め、預言の言葉として与え、それから実現させたという事です。


2. イエスは信じる者たちが異言を話すと言われた

マルコ 16:17で、イエスは信じる者に伴うしるしとして「新しい言葉」があると言いわれました。信じる者なら、異言を話すという事です。これは、「御霊の賜物としての異言」とは異なる種類です。


3. イエスは弟子たちに、異言が伴う父の約束を受けるまで待つよう命じた

ペンテコステで聖霊が来られた時、異言を伴う聖霊のバプテスマがありました。ペテロは弟子たちの異言を、預言者ヨエルが語った「預言」と結びつけました。彼は人々が異言で話すという事を、異言についてさえ言及していない聖書の成就と関連付けたのです。

彼らは異言を話し、それらの異言を解釈したかもしれません。彼らはそれらを「異言」や「解き明かし」とは呼ばず、預言という言葉を使っていたのかもしれないのです。その可能性もあり得るのです。


4.神が教会において、異言を確立した


5.パウロは異言の祈りを禁じないで、秩序が大事だと言った

神は、異言を話す信者がいるどんな状況でも、聞こえるように話す方法を持っておられます。異言を話す信者がいる場合、神はそのグループと対話してメッセージを伝える能力を持っておられます。その後、神はそのメッセージを解釈し、全ての人に理解してもらう事もできるのです。

知恵の言葉、知識の言葉、または信仰に基づいて行動する人々よりも、異言と解き明かしする人々の方が多くいるのは、異言で話す事がより一般的である為です。

人々は、異言を流暢に話す事を目指し、より霊的に機能する事を目標にせず、聖霊のバプテスマの要件と見なして、一度だけ異言を話すだけに満足してしまいました。

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1 異言に対する反論

異論#1:「イエスは異言を話さなかったので、私も異言を話す必要はない。」 イエスのミニストリーでは、異言や異言の解き明かしは見られませんでした。それらの御霊の現れは古い契約の時代にも見られません。これら二つの聖霊の賜物は、使徒言行録2章に記されているように、ペンテコステの日に聖霊...